四ツ谷『すし匠』がミシュランを獲れない理由/

ある方から自分の大好きな四ツ谷『すし匠』がなぜミシュランを獲れないのか教えて欲しいとお願いされたのでこちらのレビューをもって回答と致しします。

『すし匠』といえば、今はハワイ店にいらっしゃる中澤圭二氏が1989年に弱冠26歳にして始めたお鮨屋で、以後、氏の薫陶を受けた鮨職人達がきらぼしのように独立後にミシュラン星を獲得している名店中の名店。

その輝かしい功績には私含めて誰も何も申し上げることはできません。

中澤氏から代替わりして今の勝又氏になっても、すし匠の心のこもった接客から、丁寧に下処理され調理されたつまみと鮨ネタの、ネタによって赤酢の効いた方と効いていない方の酢飯(シャリ)を使い分けた握り鮨が絶妙のタイミングで交互に提供されるスタイルは良い意味で変わらず。

最後の最後でスイーツ大好き女子まで満足させる丁寧に何度も混ぜられ固められた選び放題のシャーベットまで、食べ手が満足する構成は変わらず、相変わらずお見事です。

これは赤坂『すし匠斎藤』もそうですが、アルコールを飲まない来店者にも一つも嫌な顔することなく提供する、そして逐次注ぎ足してくれる無料の緑茶も完璧に美味。

私は特に近年主流となりつつある「熟成」に偏り過ぎないこちらの卓越した包丁技術で調理した適切な大きさと適切な厚みの刺身や鮨ネタは、特に春夏に頂くのが大好きです。

これは日本的風土から春夏にはシャンパーニュや白ワインを赤ワインより飲みたくなるのとどこか近いものがあります。

と、ここまで申し上げて冒頭の議題に戻ります。

  何故、四ツ谷『すし匠』はミシュラン星を獲れないのか?

理由はとても明白です。 

それは「酢飯(シャリ)」の塩と酢のバランスが良くないからです。

どう良くないか?

それは

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酢飯(シャリ) の後味において塩が勝ち過ぎている点
・鮨ネタと酢飯の大きさのアンバランスさ
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に尽きます。

それぞれが良くてもそのバランスが良くなければ美味しいと感じないのが「料理」。

その点において、肝心要の酢飯(シャリ)が、ここのレベルだけが『すし匠』はミシュランのレベルに大きく至らないのです。

新橋『次郎』のレビューでも申し上げましたが、フレンチを食べ慣れた、そして余韻のとてつもなく長い極上ワインを飲み慣れたフランス人達は特にこの「酸の美しさ」にシビアです。

そんな彼らはこちらの酢飯(シャリ)の酸のバランスには納得しないでしょう。

強調しておきたいことは、四ツ谷『すし匠』は昼も夜も相変わらず大人気で半年待ちはざら。現時点でのこのお店のファンも沢山いらっしゃいますので、個人個人の好みの前には私のようなグルメンのレビューは全く無意味なものになります。

料理人の本質はミシュラン星を獲ることではなく、目の前の来店者を喜ばせることだからです。

そういう意味では、四ツ谷『すし匠』は既に申し分なく完成しています。

ただ、個人的にはここのご主人や今の二番手、そして奥のスタッフの方々のレベルの高さを知っているが故にとてももどかしいのです。

何故この違和感を気付かないのか?
何故現時点でこのレベルで満足してしまっているのか?

と思わざるを得ないのです。

現時点でも尚、まだ伸びしろ/可能性を感じるからです。

四ツ谷『すし匠』の刺身や鮨ネタは貝類や海苔以外は今のままで充分良いので、

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・鮨酢でなぜ食べ手が塩味を強く感じて異様なほどのどが渇くのか?
・なぜこの素晴らしい鮨ネタに対して酢飯(シャリ)が8~12粒程大きく感じてしまうのか?
・なぜそれ程大きく感じる酢飯(シャリ)が、そして赤酢を使ったほうの酢飯(シャリ) が口の中でほどけていく際に、中心部の酢飯の味が、そして米の味を感じなくなるのか?

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これらを今一度見直せば、否が応でもミシュラン星1つくらいはすぐにでも獲得できるでしょう。

ワインと鮨をマリアージュさせるのは実はそこまで難しくはありません。山葵を銀座『よしたけ』のようにクリーミーにするか控えめにして、酢飯(シャリ)や醤油に白ワイン/赤ワイン/ワインヴィネガーを少し混ぜて親和性を高めたりすればそれだけで口の中でそこそこ及第点の組合せ/マリアージュとなるからです。

ただ、ワインと握り鮨の組合せには、高級ワインの再現性の低さと余韻の長さに対して代わる代わる出される異なる握り鮨との違いなどの決定的に相容れない部分があるため、ワインはどうしてもフレッシュで口の中で洗い流す系になりがちで、頑張っても一瞬フワッと味わいが膨らむ程度、故に、高級料理を食べ飽きてとにかく内輪で個室でわがまま賑やかに寛いで高級鮨を食べたいという味覚が大らかな富裕層達の「酔狂」となってしまいます。

もし皆さんの周囲で高級ワインと高級鮨の組み合わせを自慢して喜んでいる方々を見かけたら、優しく微笑んで適度に羨ましがって、そっとしておいて差し上げましょう(笑)。

彼等はただ自分達は他とは違うということを暗にアピールしたいだけで、熟成やヴィンテージの良さに加えて適切な温度とグラスでサーヴされた偉大なワインは、それ単体だけで数時間ときには翌日翌々日まで愉しめるものなのです。

ワインの話で脱線したので話を戻します。

よって、上述したように、おそらくそれらの欠けたピースが見事に揃った暁には、現在のTopである勝又氏ご自身がすし匠を背負った初心に戻って、今の少し大き過ぎる声のボリュームや自分だけ不織布ではないマスクをつけて1番大きな声でフランクに上品さをぎりぎり超えてしまっている話し方などの振る舞いも自然と修正されるように思います。

そして今の二番手の握りの方も、せっかく将来有望な才能とセンスがあるのですから、今一度、お店で決められた酢飯(しゃり)の大きさを右手だけで再現することで頭が一杯×2になるのではなく、自分が握った握り鮨を毎日毎回真剣に味見して、見つめ直して、その日の鮨ネタにBestなバランスを見出すことも、いずれは独立されるのでしょうから必要です。

多くの食べ手はその方が炭水化物ダイエットをしていない限りにおいて、自分の好みの大きさというよりも握り鮨としてのバランスが良ければ酢飯(シャリ)の大小に注文をつけてこないからです。酢飯(しゃり)に注文を付けられるということは、鮨ネタとのバランスが今一つであるということの裏返しであると気づくことです。

素晴らしく美味しい冷えた緑茶を一生懸命適度なタイミングで気を張って注いでくれるスタッフの方や手洗いから戻ったらサッと椅子を引いてくれるスタッフの方、そして厨房奥で一生懸命連携を図ってもくもくと働いていらっしゃる有能なスタッフの方々の中で、酢飯担当の方だけが足を引っ張っておりますが、これをオッケーしている時点でお店全体の責任として捉えて、もしさらに高みを目指される場合はこのレビューを参考ください。

炙った平貝を海苔で挟んで出すのでしたら、焼き海苔ももう一段薄く、口に入れてサッと均一に溶けていくようなレベルを、そして、蛤以外のとり貝/帆立/赤貝/ほっき貝などのレベルをあと1-2段階程上げればさらに良し。時には生を生で出すだけでなく、塩や酢やさらに上手に締めるもしくは醤油などで「洗う」工程を加えても良いかと思います。赤貝などは特にそうですが、上手に塩と酢で締めるとまるで昆布出汁を塗ったかのようなグルタミン酸爆発のような旨味になるからです。

今のままですと、常に研究熱心で謙虚な姿勢をストイックに貫く赤坂『[a:13023988,すし匠斎藤]』のほうが先にミシュラン星を獲得することになりそうです(「すし匠斎藤」にはまた別の課題がありますが、、、)。

もちろん今のままでも眼の前の来店者達が喜んでいてお店側も大満足しているのでしたらそれで良いのですが、肝心のご本人達が、これだけ頑張っている自分達の何が足りていないのか不思議でしょうがないという状態にまで陥っているかのように私の眼には映ったので、レビュー頼まれついでに、直近のすし匠を堪能した上で、誠に僭越ながら申し上げた次第です。

人のふり見てではないですが、お陰様で私も初心に帰る事の重要性と自分の仕事がどこを向いているのかを改めて考えるキッカケを頂きました。

あとは「酢飯(しゃり)」だけ、ただ、握り鮨は酢飯(しゃり)が総てと言い切る鮨職人がいるように、これが簡単なようでとてつもなく遠いのが高級鮨の世界。

ですが、これだけの面子が揃っているのであれば、自分達の現在の立ち位置を真摯に見つめ直せば、さらなる高みへ昇ることは容易でしょう。

できれば日本酒好きの友人知人と、もしくはサービスや居心地重視で日本酒好きの女性とデートに。

※このレビューは2021年2月4月の四ツ谷『すし匠』と赤坂『すし匠斎藤』を堪能した上でのレビューです