銀座『すきやばし次郎』の取扱説明書

すきやばし「次郎」について書いてくれとある方からお願いされたので記述します。

自分の中では何度も伺っているのでとっくに記述したと思ってました(笑)。

取説②もあるので、ご興味ある方はまずはこちらからご覧ください。

私自身、すきやばし次郎に対してちゃんと描写されたコラムやレビューを食べログ以外のあらゆる媒体でも眼にしたことがありません。

『生ける伝説』『神の手』『本物の江戸前』などなど、ありきたりのWordが並ぶばかりで肝心のお味については『最高でした!』『一度は行く価値あり!』で終わり、、、。難しいのでしょう、食べログレビューでも皆さんこちらのお店にはレビューしたがらないですし、世界的な評価の割りに食べログ内でのレビューは低め。

それは当然です。

このクラスの料理を正確に捉えるには、ゲスト側にも相当の味覚の鋭さと経験/見識を求められるからです。

2007年より12年連続ミシュラン三つ星獲得しその後は殿堂入り。小野二郎氏は40才で独立し、御年95才でミシュランシェフの中でギネス最高年齢更新中ともはや文字通り生ける伝説。

95才で第一線の現役といえばあとは英国のエリザベス女王くらいではないでしょうか?今日本にある美味しい鮨屋は総てここの鮨を比較に創り上げられたといっても過言でない、そんなお店。

ひたすら最善の鮨を握ることだけに特化してきた身体とは最終的にこうなるのか?と畏敬の念を抱かざるを得ません。

とはいえ、それだけで有難がって高評価するほど私は俗物ではないわけです。

本題に入ります。

私の場合、すきやばし次郎に連れて行く人はとても悩みます。

席について30-40分で税込50,000円/人。追加を2-4カンしたら60,000円/人と時間に対してとても高価だからです。

私がこちらのお店に連れていく方というと、「自分自身を全面に出して世の中と対峙して勝負している方」または「その世界に足を踏み入れようとしている方」になります。

ビジネスに置き換えるなら、マーケットイン的な思考や発想が圧倒的に評価される今の世の中で、それとは対局のプロダクトアウト的思考で勝負している人ともいえます。

法人にはモラルは求めらませんから、違法でなければさも自分達が発案したかのようにしれっと模倣して資本力にモノを言わせてオリジナルを塗り潰してしまう今の世の中で、プロダクトアウト的発想で成功するのはとても難しいです。

その最たる方といいますと、芸術家/アーティスト/音楽家/個人事業主の方々でしょう。

オリジナルのモノづくりに携われている方も良いかもしれません。そして、自己資本でしっかりと存在感を放っているオーナー経営者の方々でしょう。今はそうでなくとも、そういった存在に強く憧れている方も含まれます。こちらのお店を通して、大人の社会の良さや厳しさを伝えるためにお子様を連れていかれるのも良いかもしれません。

社会との闘い方においては色々あります。

正面から自分自身でぶつかっていく人、柳のように上手にいなす人、相手に従って懸命にぎりぎりのラインで自分の色を出しながら指示通り働く人、全く自分の色を出さずただただ従う人、そもそも最初から闘わないという闘い方の人。

世の中は色々な立場の色々な方で成り立っていますので、どの方が良くてどの方が悪いなどと断ずるつもりは毛頭ありません。

生物界と一緒です。ただ時代に合わなければ淘汰されるだけですから。

私がこのように申し上げるのは理由があります。

すきやばし『次郎』はゲストに合わせません。

すきやばし『次郎』はゲストに媚びません。

すきやばし『次郎』は決してゲストにおもねらないのです。

これはなにも次郎がゲストのことを考えずに置き去りにしているという意味ではありません。

座っておしぼりで手を拭く瞬間までの所作で相手の利き腕を見極めて取り易いほうに握り鮨を出す、100人いたら1人に気づかれるかどうかのレベルまでとことん手を抜かず地味な作業をやり抜く。

ある日小野二郎氏の夢に出てきたことがキッカケで生まれ、日本で初めて出した低温調理の車海老などは、我々ゲストの立場に立っていなければ到底なし得ないからです。

ただそれは仕込みまでの話。

よって、正確に申し上げれば、すきやばし『次郎』は握ってからは必要以上にゲストに対しておもねらないということです。

すきやばし『次郎』が最初にミシュラン星を獲得したときに、ミシュランスタッフに鮨を握っていたのは小野二郎の長男である小野禎一(よしかず)氏。

そういうこともあってか、私がそのお店の花形以外の握り手で納得して対価を支払う鮨屋は令和3年においてすきやばし『次郎』のみです。そもそも名を馳せた本人が握っていない鮨を、いくらその本人が認めたとはいえお弟子さんに握らせて同じ料金を取るほうが無茶な話。

次郎の特徴はなんといっても[b:「酢飯(シャリ)」]でしょう。

見易さのために以下[b:「シャリ」]と表現します。
この[b:「シャリ」]の鮨酢の[b:「酸」]が極めて力強く美しい美味しさなのです。まるでそこに存在していないかのように透き通った分厚いクリスタルガラスのような、そんな[b:「酸」]が舌に触れた瞬間に人肌の温度となって、水飴のように柔らかくなり、酸の旨みを内包したシャリをしっかり包んで鮨ネタの香味と共に口の中で強く主張してきます。

そのため、その日に最初に出てくるヒラメ/カレイ/スミイカはいつも力負けしがちです。熟成技術が極めて進んだ今の日本の鮨業界の中では平凡にすら移ることでしょう。

ただ、その後のシマアジ→まぐろの赤身→中トロ→大トロにかけてぐいぐいとピントが合って口の中で鮮烈な香りと旨味が爆発してきます。

そこで酸×脂肪分の第一幕が終わり、次に第二幕でこはだ→赤貝→あじと続きます。

次郎のこはだのバランスと美味しさはいわずもがな、赤貝も酢と塩で締めただけなのに見事に昆布で締めたようなグルタミン酸の旨味は締め方が上手な証拠。貝にそこまでの食べる喜びを見出さない私でもこの赤貝は通り過ぎることができません。

そして決して減速せず、むしろ映画ゴッドファーザーⅡのようにさらに加速して車海老→さより→はまぐり→鯵酢へと続き、いよいよゴッドファーザーIIIのような最後の第三幕のウニ→こばしら→いくら→煮穴子→玉子までノンストップで駆け上がっていきます。

この前時代的な海苔の巻物も次郎で頂く海苔は何故かうにや小柱を微塵も邪魔することなく、口の中ではいくらの表皮と同じ厚さに感じれて他の[b:「シャリ」]やネタと一緒にはらはらと桜が散るかのように渾然一体となって溶けていきます。

この海苔の溶け方が他の超一流鮨店よりもわずかに上回っています。

すきやばし次郎の総ての鮨ネタとその切り方はひとえに自分達の[b:「シャリ」]に合わせて構成されているわけです。この鮨ネタは脂肪分の甘みがしっかりあるから薄目に切るもしくはシャリを少し大きく、この鮨ネタはこの切り方がBestで既にしっかりと酢で締めてあるから[b:「シャリ」]の酸は必要以上にいらないのでシャリを少し小さくといった具合にです。

これが色々な意味でとてつもなく難しい。

まず、現代の多くのゲスト達は[b:「シャリ」]に合わせた握り鮨ではなく、「鮨ネタ」に合わせた握り鮨を好むからです。そしてお店側も今のご時世にわざわざゲストから反発されるような構成にしません。

よって、多くの方々にとっては銀座『久兵衛』や『かねさか』系の握り鮨が人気となります(もちろん私もそういったお鮨屋も大好きです)。

もしこちらのお店のシャリが口に合わない方がいらっしゃるとすれば、それは

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1.ゲストが握り鮨の口への入れ方を間違っている
2.ゲストが酢を普段から口にし慣れていない
3.お店が配合を間違えている
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のどれかでしょう。

「1.」は最初に口の中で舌に鮨ネタではなくシャリが当たっているからという意味です。口の中に入れる際に手に取った握り鮨を横に傾けて、口の中に入った瞬間に上下ひっくり返るように頂くと鮨ネタのお味の上から[b:「シャリ」]が柔らかく崩れて包み込んでくれます。

誤解を恐れずに申し上げれば、銀座『次郎』の[b:「シャリ」]は現代の大多数には好まれません。

それは例えば、現代の日本人は日々汗をかくことが極度に減って岩塩志向からのマグネシウム不足を総ての塩のせいにしてしまった減塩社会に慣れてしまったこと、ドレッシングに酢を常用するフランス人よりも現代の日本人のほうが酢を常用しなくなったことも関係していうでしょう。

特にミシュランスタッフは10-20年では全くその真価を発揮しない古き良きブルゴーニュの完全に熟成した偉大な赤ワインを沢山飲んできているので、その辺の日本人より遥かに力強く美味しい酸に対して寛容で慣れているので高評価となるのは必然です。

一定量の酢に溶け込む塩や砂糖の上限は限られるわけですが、それを選りすぐりの塩や砂糖や昆布出汁などを極限の量まで調合した次郎の鮨酢は、ただでさえ汗をかかず減酢減塩社会に慣れたただ美味しい食べ物をリラックスして食べにきたゲストを冷たく突き放すような厳しさがあるからです。

もちろん私だってそういうときは多々あります。

総てを今の自分に合わせて欲しい、トコトン自分を大切にして欲しい、人間ですからそんなときはあります。

ただ、自分がそういったコンディション/心境のときにあえてこの『すきやばし次郎』を選ばないというだけの話。

そんなコンディション/心境とお店選択を間違えてしまった方々にとっては、次郎の[b:「シャリ」]の酸は、次郎のサービスは、『なぜこんなに酢がキツいの?』『なぜお客である自分にもっと合わせてくれないの?』『なぜもっと自分をリラックスして愉しませてくれないの?』となり、まるで自己否定されたかのような錯覚に陥って低い評価をつけてしまうのです。

実は、すきやばし次郎はずっと変わっていまません。
周りが変わって、私も含めて周囲が勝手にあーだこーだ言ってるだけなのです。

今のすきやばし次郎の世界的名声だけで次郎のどこが凄いのか?を深く正確に理解もせずに手放しで褒める人もどうかと思いますが、次郎の[b:「シャリ」]の力強く美しい酸は、普段から周囲に合わせて戦っている方、既に第一線の現役を退いた方などにはまるでその方々の人生を否定し、拒絶するかのような力があるので、本当は決してそんなことは意図していないのですが、多くの場合において反発されるのでしょう。

それは裏を返せば、いつも傷だらけで自己表現して現在進行形で闘っている人達にとっては、人生の大先輩率いるこの一派が今だ世界の第一線でこの硬派な江戸前スタイルで活躍し続けていることにとてつもなく励まされ勇気づけられるということになります。

小野二郎氏のもはや浮世離れした見ていて怖いくらいに流麗な握り、世間にどういわれようとも、小野禎一(よしかず)氏の父を常に立てて、でも、握りの際には渾身の自分の想いをまるでその手の中でダイヤモンドが組成されているのではと思うほどの背筋を使った瞬間的な圧で握られる力強く柔らかい握り鮨、このお2人においてはどちらが当たりでどちらが外れはありません。

[b:〜手を抜かず、一つひとつの仕事を毎日コツコツと繰り返し、もしかしたら何十年もかかるかもしれないけれど、いや、生涯「ここに極まれり」という自覚は得られないかもしれないけれど、こういう職人の世界がある......(中略)......そこにこそ、この仕事の良さや醍醐味があるのです〜]

自分自身で闘っている方々も一見格好良いですが、そして時にはとても幸福ですが、実際問題しんどいときも多いです。

そしてそういった彼らも好き好んでそうしているわけではないのです。そうしないと自分が社会と関わりあえない/存在できないからそうしているだけなんです。

[b:〜青は藍より出でて藍より青し〜]

という格言がある通り、次郎よりも現代人の口に合う美味しい鮨屋はいくらでもあることでしょう。

私にも各シチュエーションに沿って、好きな鮨屋は他にもいくらでもあります。

それだけ今の日本の鮨業界は素晴らしいのです。

ただ、それは上述した格言の通り、どの世界でも当たり前のことなんです。

世の中の多くがマーケットイン的発想で形成されていて、皆が皆おとなしく成熟した大人になってきているこの現代社会で、こういったずっと変わらない、ただそこに在るだけで世界を惹きつけるような絶滅危惧種のようなお店があっても良いと思いませんか?

古き良きワインの造り手の、30年40年経過して初めて素晴らしい香りと味を放つ、その本領を発揮する極上赤ワインももはや地上在庫を残すのみか30-200万円/本が当たり前の価格です(2000以降の当たり年の赤ワインの飲み頃は最低でも2025年~2035年)。

健康であることを大前提に、真のFoody/ グルメンは感性だけでもいけませんし、知性だけでもいけません。その両方が高次元に求められます。

次郎の50,000円/30分の握り鮨を高いと思うか安いと思うか、たった30分間と思うか、次郎さんとその一派が50年以上第一線で闘ってきたその労力が/ 仕込みの時間が凝縮した永い30分間と思うかはこちら次第です。

傷だらけになっても堂々と自分自身で闘っている人が1人で、もしくは同じ価値観を共有できる友人知人とただただ昔ながらの極上の江戸前の握り鮨をかっくらうために。

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※どんなに相手に乞われたとしてもご自分の彼女や奥様を連れていくのはその方々が冒頭で申し上げた方々に該当しない限り連れていかないのが無難です(笑)

※口に入れた瞬間に次が握られるスピードを「じっくり堪能したいのであと10秒20秒遅らせて欲しい」と誠実に伝えればちゃんとそう対応して下さいます

※少し前に玉子焼きを焼くのに10年かかるのは馬鹿げている/いないという論争がありましたが、あれはそもそもナンセンス。世の中には若者の時間だけを奪うどうしようもない経営者が跋扈(ばっこ)しているのもまた事実ですが、次郎クラスのお店においては精神×技術の話をしているわけです。技術だけならちょっとセンスのある人なら数ヶ月から数年で次郎の本物見紛う玉子焼きを出せるでしょう。ただ、それを年間通して安定してずっと同じ味で焼き続けれる、そしてそもそも、この次郎のスタンスを自身に取り込まずしてレシピだけ覚えて独立しても続かない、このレシピの鮨を出し続ける体力精神力を身に付けなくてはいけない、そのための比喩として10年間なんだと若きお弟子さん達も肝に銘じておくと良いと思います。決して次郎出身だという自分に甘んじないことです

※予約した際に来店日の1週間前までに本店へ直接伺うか指定口座への振込みで前金20,000円/人を引換券と交換で支払っておくのですが、こちらがキャンセルなどの場合は当然としても、単純に本人が当日伺った際に引換券を紛失しても返金しないというのは大きな改善点です

※男性はジャケット必須です

※次郎のあとにお仕事、もしくは、銀座『シノワ』で極上の古酒赤ワインを頂くのお勧めです。

銀座『すきやばし次郎』

https://www.sushi-jiro.jp